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9月 その2

今回は古くからの友人(花嫁さんです)の結婚式に出席するのも目的の1つでした。

友人は私よりも若いですw。

いちばん最初に知り合ったのは彼女が小学生低学年の頃。Pura Dalemのオダランで知り合いました。

それ以降、私のあだ名はtimpal di pura(お寺での友人)となり、彼女の家へ行くたび「お寺での友人が来たよ」「お寺での友人に晩ご飯を食べていってもらいなさい」「お寺での友人はいつ日本へ帰るの?」と、ご家族からも「お寺での友人」が私の通り名となってしまいました。

毎日の暮らしに困るようなご家庭ではなく、むしろ裕福なご家族なのですが、友人は自分で働いて大学の学費を支払いました。

頑張り屋さんで、「自分でできることは何だってやる!」という考えの人です。

彼女は結婚式の費用も自分で捻出しようとしましたが、お父さんが「大学の学費も払わせなかったのだから、せめて結婚式の費用は親に払わせなさい」と何度も娘を説得し、最終的に両親は1/4を支払うことが許されたそうです。


私は下宿に帰ってから「彼女の結婚式の費用はだいたいいくら?」と尋ねたら、「100jutaはくだらない。とにかく何百jutaだね」との返答でした。私が大阪の出身だから金額を尋ねたのではなく、豪華で華やかな印象を与えるバリの冠婚葬祭や儀礼に、いったいどれくらいの金額や労力が費やされるのか疑問に感じたからです。


なお私の下宿の長男の奥さん(Lさん)は、彼女の結婚式当日は早朝4時から8㎏のお米を炊き続けていました。結婚式では食事が振る舞われます。その際のご飯を同じ村に住む親戚たちで分担して炊くのだそうです。


Lさんは朝4時から8kgのお米を炊きあげたあと、朝7時すぎに職場へ向かいました。午後1時頃まで勤務し、自宅に帰ると着替えて結婚式に出席。夕方に帰宅して家事。バリの女の人はいつ休養をとるのかなあ…。今回の私の滞在時期は「(バリ・ヒンドゥ教にとって)日が良い」とのことて、結婚式以外にも葬儀や歯削式などの通過儀礼と、寺院の大規模な宗教儀礼がデンパサールで毎日のようにいくつも執り行われていました。


さておき、友人のこれからの幸福と頑張りを祈っています。お幸せに!